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自動車制御における前後の荷重配分の考え方

自動車の制御技術 (自動車技術シリーズ)

自動車の制御技術 (自動車技術シリーズ)

  • 作者:
  • 出版社/メーカー: 朝倉書店
  • 発売日: 1997/04
  • メディア: 単行本

目次

背景・目的

以前こちらの記事にて、自動車のブレーキにより発生する制動力は
最大静止摩擦力という限界がある事を説明しました。

www.eureka-moments-blog.com

システム側で決定した制動力がこの限界を超えると、それは動摩擦力に
変わりタイヤのロックとスリップを引き起こすのですが、この特性は
事前の車体設計、路面の傾斜、加減速時の力などによる前後の荷重配分が
大きく影響するという事を最近知りました。
今回の記事では、自動車の制御において車体前後の荷重配分をどのように
考えるべきかについて説明していきます。

タイヤと路面との間に成り立つμ-s特性

こちらのサイトや論文にて、詳細な理論が説明されていますので、
参照ください。

ここで言うμとは、ブレーキによる制動力をタイヤにかかる荷重で割った
ものであり、制動力係数と呼ばれます。下記のグラフはスリップ率を
0~1.0まで変化させた時の制動力係数の変化であり、この傾向はタイヤや
路面の性質によって変わってきます。
まずこれは乾燥路面での場合、
f:id:sy4310:20191229115435p:plain

次にこちらが湿潤路面の場合です。
f:id:sy4310:20191229120223p:plain

そして、この制動力係数にタイヤにかかる荷重をかけて制動力にした時の
グラフがこちらになります。
f:id:sy4310:20191229120413p:plain

グラフ中に書かれた数値がタイヤにかかる荷重ですが、制動力係数が同じ
だとすると、制動力はタイヤの荷重によって大きく変わってくるという
が分かります。

タイヤのμ-s特性の調べ方

タイヤのμ-s特性を把握するには、実際に車を走らせてブレーキをかけ、
停車するまでの間のスリップ率や制動力を計測する必要があります。
恐らくいろいろな計測手法があると思いますが、自分が知っているのは
例えば下記のようなやり方です。

  1. 計測の対象とする環境を準備する。(乾燥路面や濡らした路面など)
  2. 準備した路面上で車を走らせ、任意のタイミングでフルブレーキをかける。
  3. 2の時、四輪中の一輪だけをロックさせ、その間のスリップ率や制動力を計測する。
  4. 2 - 3のステップを他の三輪に対しても同様に行う。
  5. 計測したスリップ率-制動力の関係を、非線形の滑らかな曲線で近似する。
  6. 5を各タイヤに対して行い、それらをμ-s特性を表したタイヤモデルと定義する。

前後の荷重配分考慮した駆動/制動力の検討

先に述べた制動力とスリップ率のグラフが表すのは、タイヤグリップ領域に
おける制動力の限界と、タイヤスリップ領域における制動力の限界です。
これらは荷重の大きさによって変化する事から、事前の設計による前後の
荷重配分によりある程度決まってくるという事になります。これは減速時の
制動力だけでなく、加速時の駆動力についても同様です。

また、こちらの記事にて詳しく紹介されているように、前後の荷重配分は
路面の勾配や加減速による荷重移動によって変わってきます。なので、
いろんなパターンを想定して荷重配分を決める必要があります。

dskjal.com

例えば、この図ような車があるとして、この車の前側に9000Nの力を出せる
エンジンが積んであり、車の全体荷重Wは900kgであるとします。また、
これにより前後の荷重配分はW_f : W_r = 2 : 1となり、前輪側の荷重が
600kg、後輪側の荷重が300kgとします。さてここで、この車を前輪駆動とする
と後輪駆動とするのとでは、どちらの方が強い駆動力を得られるでしょうか?
f:id:sy4310:20191229145209p:plain

まずは後輪駆動の場合を考えてみましょう。
仮に走行する路面の摩擦係数μが0.4だとすると、この時の駆動力は
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となることから、0.4×300[kg]×9.8[m/s2]=1176[N]となります。
搭載しているエンジンが9000Nの駆動力を出せる性能であるにも関わらず、
後輪駆動だと1176Nの駆動力しか生み出せない訳です。それに対して前輪
駆動だと、0.4×600[kg]×9.8[m/s2]=2352[N]となるので、2倍くらいの強い
駆動力を得られる事になります。そしてこれが四輪駆動の4WDになると、
1176+2352=3528[N]となり、更に強い駆動力が得られる事になります。

ja.wikipedia.org

これに関するより具体的な例として、こちらのようなポルシェの話があります。
www.carphys.net
詳細は記事を読んでいただきたいのですが、制動時の前方への荷重移動を考慮して、
静的な状態の時は後輪側にかかる荷重配分が大きくなるようにして、制動時には
前後が同じくらいの配分になるように設計し、強い制動力を得られやすいように
しているというものです。事前の荷重配分の決め方が如何に重要であるかが良く
分かるエピソードですね。

前後の荷重移動を考慮した制動距離の見積もり

自動運転での緊急自動ブレーキのような機能を開発する際には、
今のシステムでどれくらいの制動距離になりそうかを事前に検討
しておく事は非常に重要です。ただし、出来るだけ正確に見積もる
ためには、ここまでに述べてきた制動力の限界と前後の荷重移動に
よる影響を考慮しなくてはなりません。

まずは前述したやり方でタイヤモデルを作成し、そこから下記のように
限界の最大静止摩擦力とスリップ時の動摩擦力を定義しておきます。

f:id:sy4310:20191229180557p:plain

これにより、ブレーキの制動力が強すぎるとタイヤがロックしてスリップ
領域に入り、動摩擦力より上の制動力は出せなくなるという現象を再現
します。
実際のシステムを模擬してシミュレーションする場合はこのようなフローに
なります。
f:id:sy4310:20191229180922p:plain

この処理を減速開始時から速度0になるまで一定間隔で繰り返せばいいのですが、
ここでもう一つ、制動時の前後の荷重移動を考慮する必要があります。先に紹介した
記事でも紹介されているように、車の加減速時にかかる力の関係はこちらの図のように
なります。
f:id:sy4310:20191229181541p:plain
また、これより荷重移動が起こる前の前輪荷重はW_f、後輪荷重はW_r
なりますが、これらと先のタイヤモデルより下記の計算をしておきます。
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これらは前輪と後輪における、制動力が最大になるときの摩擦係数と、動摩擦まで
落ち込むときの摩擦係数です。そしてここから、制動時の減速度に応じた前後の
移動荷重を下記の式で計算します。
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この式で計算された移動荷重が、W_fには加算されていき、W_rからは差し引かれて
いきます。これにより制動力で車体が前のめりになり、荷重配分が動的に変化していく
現象を再現します。そして最後に、この計算で更新されたW_fW_rを使って下記の
計算をします。
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制動によって荷重配分が前輪寄りに変化していきますが、それにより制動力の限界で
ある最大静止摩擦力とスリップ時の動摩擦力も当然変化していきます。前輪荷重は
増加し、後輪荷重は減少するので、最大静止摩擦力と動摩擦力も同様に変化して
いきます。先程の計算を織り込む事により、こういった制動による荷重配分の変化を
考慮したシミュレーションができるようになります。